文学

【文学】太宰の素顔を知れる名作 太宰治『津軽』をレビュー!

どうも!太宰フリークのアメシカです!(笑)

今回は、太宰治の素顔に迫れる名作『津軽』をレビューしたいと思います!

『津軽』とは

『津軽』は、太宰治が小山書店の依頼を受けて書いたものです。

太宰は、この『津軽』を執筆するにあたって、実際に自らの生まれ故郷である青森県の金木町を含む津軽の各地を旅して回っており、太宰の目線で描かれた津軽の風景が読者の想像を膨らませてくれます。

太宰が津軽の旅したのは1944年5月から6月の約1ヶ月間で、『津軽』を書き上げたのは1944年の7月末となっています。

『人間失格』だけではない太宰の素顔が垣間見える

太宰治と言えば『人間失格』ということになるかと思いますが、太宰という人間の魅力は『人間失格』だけで推し量ることはできません!

この『津軽』は、太宰が精神的にも健康的にも良好な時期に書かれたもので、太宰という人間が本来持っているユーモアであるとか、皮肉屋っぽい性格であるとか、多くの人が太宰に対して持っている印象を良い意味で打ち壊す部分が多く登場します。

例えば、友人たちと行ったある寺で、太宰はそんなに興味がないのに、同行した友人が寺のおかみさんとベラベラ喋る場面は、随所に太宰のユーモアが散りばめられていて、読んでいて大笑いしてしまう部分も多くありました。

さらには、太宰と友人たちが外で食事をしている時に、太宰が嫌っているであろう当時「50歳前後の作家」の話になり、友人たちがその「50歳前後の作家」を褒めるくせに自分のことは全然褒めてくれないことについて、半分冗談半分真面目に愚痴を言ったりする場面があるのですが、ここには太宰の皮肉屋っぽさというか、「なんだよ、あいつばっかり」みたいな子供っぽさが垣間見えるので、微笑ましくなったりします。

ただ、太宰治の文学の根底には、旧家に生まれた者の宿命という太宰自身の出自が大きく横たわっているので、作中にはそう言った部分もしっかりと書かれています。

この『津軽』は、そういう両面から太宰という人間を見ることができます。

津軽に旅行したくなる

作中では太宰の人間性を楽しめる部分が多くありますが、基本的には津軽を旅して書いたものなので、津軽の各地が太宰の目線から多く描かれています。

食べ物、風景、その土地に住う人たち、歴史、あらゆる面から津軽の魅力が良くも悪くも描かれているので、読んでいると実際に津軽を旅してみたいという気持ちになります。

読み終わった後に、全部ひっくるめて津軽を旅してみたいと思う人も多いのではないかと思います。

ただ、太宰が旅をした時から75年くらい経過しているので、今の津軽とは全く違う風景が作品の中には広がっていると思われますが、全てが変わっているわけではないので、その残った部分を楽しむために津軽に行きたいと、僕みたいな太宰フリークは考えるわけですね(笑)

蟹田では蟹を食べれるのかなとか、木造では一本道の商店街みたいなのは未だあるのかなとか、未だ行ったことがない僕にとっては津軽が異様に魅力のある場所として想像されるわけなんです。

落ち着いたら、ぜひ行ってみたいと思います!

まとめ:『津軽』は太宰治と津軽の真の魅力に気づける名作

この『津軽』は、太宰治という人物の『人間失格』だけでは知ることができない一面に気づかせてくれるということの他に、津軽という場所の魅力にも気づかせてくれる作品となっています!

太宰の作品をそんなに読んだことがない人、津軽に行ったことがない人、そのどちらもこの『津軽』を一度読めば、太宰治と津軽に惹きつけられると思います!

実際、僕は未だ津軽には行ったことがないのですが、この作品を読んで絶対に行きたいと思うようになりました!

多くの人にオススメしたい、名作と言って良いと思います!!

それでは、失敬。


津軽改版 (新潮文庫) [ 太宰治 ]

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